積読層の知質学的研究

映画と地質学と面白いことにおぼれる日々。

ぼくの「大宮LOFT/ジュンク堂書店大宮LOFT店 」

 ふと、思い立って検索をしたらこんな記事を見つけた。

http://www.junkudo.co.jp/mj/user_data/hon/info/tenpo_news.php#omiyayakashimaya

ジュンク堂書店高島屋大宮店にオープンする、という記事である。

 僕は高校時代に悪い意味で自由奔放、浮かれた気持ちで勉学を疎かにし、現実を見ないままに大志を抱いていた。一応、とある私立大学の経済学部に合格したが、僕はそこで勉強する気にはとてもなれなかった。

 もう1年チャンスをください。もうやれないと言うところまでやってみたい。僕は両親に頭を下げ、心を入れ替えて勉強をすることにした。世間一般でいうところの浪人生になったのである。

 北関東というところは真に不便な土地であり、大学受験用の予備校と満足に呼べるものは皆無である。茨城・栃木・群馬の哀・戦士たちは長時間電車にガタゴトと揺られながら、埼玉県大宮まで行かねばならなかった。そこで僕は大宮近辺に寮を探し、そこから予備校へ通うこととなった。

 浪人生の勉強というものは後が無いゆえ、とても辛い。一緒に戦う仲間も居らず、応援してくれる友人たちはみな大学生だ。僕は孤軍奮闘、躁鬱を繰り返しながらペンを走らせた。

 そういった息苦しい日々の清涼剤となったのは大好きな本や雑貨である。買うのではない。売り場を眺めるだけで元気が出てくる。ああ、この本が読みたいな。あれも読んでみたい。自由に読める身分になるためには早く大学生にならなければ!両親にも申し訳が立たない!そう思うことで自然とやる気を取り戻せた。

 大宮駅周辺には2つ大型書店があった。ひとつはそごうにある三省堂書店である。ここは売り場の面積のわりに書籍数が多く、また予備校からも近いので参考書が急に必要になったときなどは便利であった。もうひとつは駅東口を出て、少し歩いたところにあった大宮LOFT内のジュンク堂書店である。

 ここは8階建てのビルであり、全ての階がLOFTとなっていた。そのうちの7Fと8Fにジュンク堂書店が収まっていた。ここは売り場面積がとても大きく、欲しいと思う本はほぼ確実に手に入る素晴らしい書店であった。とくに専門書の品ぞろえが良くて、わざわざ東京神保町まで出ることは無い。大学生になってもここに足げく通うだろうな、と当たり前のように思った。

 LOFTの黄色いテーマカラーが好きである。店舗内に黄色が多いのは目にはよろしくなかったが、様々な雑貨や文房具を見たり、買ったりすることは楽しいものだった。

 ある日、LOFTで買い物中に全館停電が発生した。急にフロアが真っ暗になり、エスカレーターの駆動音が止んで、店員たちが慌ただしく動き始めた。非常用の電灯が薄暗く点灯すると、店員たちの誘導の姿が見えた。止まったエスカレーターを降りると危険ゆえ、近づかないようにする者や、やさしく近づいてきて無事か尋ねる者がいた。おそらく震災から学んだ結果なのであろう。しっかりしているな、と思った。

 結局、停電の原因は分からなかったが、復旧もどれくらいかかるか不明というので、誘導に従いLOFTを後にした。おもえば、あれは建物や電気系統に相当ガタが来ていたのであろう。

 全ての試験が終わったころ、僕はLOFTとジュンク堂に「お礼参り」に行った。僕は愛着が湧いた場所と離れる時に、感謝を込めて再訪するクセがある。すると、LOFTはそごうに移るという掲示があった。建物の老朽具合を鑑みて移転することになったという。当時、そごうにはすでに三省堂書店の向かい側に小さなLOFT店舗があった。そことここでは面積が何倍も違う。専門店も出ていくことになる。

 ここも無くなってしまうのかと思うと寂しかった。しかし、その時は苦行が終わった嬉しさのほうが大きくてそれ以上考えることは無かった。

 僕はなんとか大学に合格して関東を離れた。今度はいい意味で自由奔放にやっている。そして今日、ひょんなことからLOFTという文字をWEBで見つけた。そうだ、LOFTの行方は知っていたが、ジュンク堂書店の行方は知らないぞ。ちょっと調べてみるか。

 相当な売り場面積を持っていたジュンク堂である。もしかしたら大宮から撤退かなぁ・・・などとも思っていた。

 と、あった。「ジュンク堂書店高島屋大宮店に6月21日オープン」だと?

 高島屋はLOFTと比べ、駅から若干遠い。客層も異なる。ただ、面積はほぼ同規模で開店できるらしい。

 僕はそれを読んだ瞬間、なんだかとても寂しくなった。そうか、本当にもう大宮LOFTは無いのか。半年前まではよく行っていた場所であるのに、今はもう無いと思うと不思議な気持ちに囚われる。僕にとってはただの本屋ではなかった。浪人時代という特殊な期間に、浪人生ならではの負の感情から励ましてもらった場所なのだ。ある意味、浪人時代を記念する場所のひとつであった。あの空間の空気がたまらなく好きだったのだ。

 夏休み、僕は地元へ帰ったら再び「お礼参り」の旅に出ようと考えている。まずは高島屋で新しいジュンク堂を体感しようと思う。

 そして二郎で腹をラーメンいっぱいにした後、わが戦友との思い出の地の、現在の姿を拝みに行こうではないか。