積読層の知質学的研究

映画と地質学と面白いことにおぼれる日々。

ぼくの「道場破り」―もうひとつの『雨あがる』

No.22 道場破り ★★★☆☆

監督:内川清一郎

原作:山本周五郎『雨あがる』

脚色:小国英雄

出演:長門勇岩下志麻倍賞千恵子宮口精二丹波哲郎

公開:1964年1月15日

上映時間:91分

あらすじ

素浪人・三沢伊兵衛(長門)は剣の腕がたつ、とても心根の優しい男である。離れて働く妻・妙(岩下)のために、武士の風上にもおけぬ行為である道場破りまでして金を得る。さて、伊兵衛の宿とする松葉宿に不気味な浪人者がやってくる。名前は大庭軍十郎(丹波)。彼は伊兵衛のことを探っているようであった・・・。ひょんなことからやってくる仕官の話。伊兵衛はそれを受け、妙とともにその日を待つが・・・。

 ●原作 山本周五郎『雨あがる』

 『道場破り』という題名からは想像もできないが、本作の原作は山本周五郎によって描かれている。『雨あがる』という題で、黒澤明監督が同名の脚本を書き、その死後に黒澤組によって映画化されている。さて、周五郎作品の軸に来るのはなんといっても人間ドラマである。しかし、藤沢周平や滝沢康彦のような武士の不条理な世界を強く描くものではない。ほんわかとしたぬくもり溢れる世界観のなかに、喜びや悲しみがある。 そして、彼の描く侍―浪人も非常にユニークなキャラクターが多い。僕の好きな作品『日日平安』に登場する菅田平野という浪人は、狂言切腹で金を得ようとする男であるが、非常に頭の回転が良く、お家騒動に巻き込まれて大活躍をする。これは喜劇なのであるが、『椿三十郎』として映画化されている(もともとフランキー堺が菅田平野で喜劇をやる予定だったそうだ)。

 本作の三沢伊兵衛もそういったユニークな浪人のひとりだ。剣の腕はとても立つ。誰にも負けないくらいに強い。しかし、生来の優しい性格から世渡りが下手である。

 この『道場破り』はチャンバラ映画として創られている。したがって、原作の人間ドラマ重視よりも刀に力点を置いている。この為にシーンごとに不思議なコントラストがあるのだ。喜劇のようなやりとりのシーンもあれば、グロテスクに人が斬られるシーンもある。そのあたりのバランスが非常に悪く感じられる。

 その点、『雨あがる』は一貫して人間ドラマを中心に描いていた。これがあの作品の持つ独特な温かい雰囲気を醸し出しているのであろう。僕は本作の喜劇な場面は好みであるが、全体としては『雨あがる』に軍配を上げてしまう。

●うーん・・・な関所破り

 ラストは関所破りでの大殺陣である。二人を付け狙っていた丹波哲郎扮する浪人・軍十郎が、自分の過去を思い出して彼らに共感し、助太刀をして斬りまくるシーンだ。ここまで作品のまとまりはそんなにおかしくなかったが、ここで一気に崩れる。まず、関所破りなんかしたらまともに生きていけないじゃん(とくに伊兵衛夫婦)!と突っ込みを入れてしまう。妙さんもなぜそれを止めないのか・・・(まぁ、止められるわけないのですが)。伊兵衛も人を斬らないのかと思ったら斬ってしまうので、さらにうーん・・・な気持ちになる(妙さんの驚きの無さに、さらにさらにうーん・・・)。

 また、途中から出てきた浪人3人組もここで軍十郎に斬り殺されるが、こいつらはほとんど物語の本筋に絡んでいないので登場自体が蛇足である。正直に言えば、軍十郎もほとんど絡んでいないんだよね(観客への説明描写が足りない気がします)。

 ただ、当然決闘するのだろうと思われた伊兵衛と軍十郎が共闘したことには興奮した。軍十郎の「助太刀いたす」には思わず「おお!!」と叫んでしまったのである(僕自身はわりとノリノリで見ていました)。

 OPはチャンバラの合間に画面が静止してテロップが出る・・・という斬新な演出で面白かった。伊兵衛のキャラと、彼と宿屋の客たちとのやり取りには笑わせられるし、軍十郎に関しても西部劇を意識したようなシーンや音楽があってカッコよかった。時代劇として見た時には及第点の面白さかな。